銀色世界
これまでいくつかの作品を、銀色と白を使って描いてきました。必ずしも共通の主題がある訳ではありませんが、振り返ってみると、「どうかその世界が、永遠に淡い光に包まれて、安全で、祝福に満ちていますように」と思うとき、この色で描いていたように思います。それらの作品から、いくつかをご紹介します。


「竹の実降る」
鳳凰は、徳ある君子の出現とともに現れるとされる想像上の瑞獣です。竹の実を好むとされますが、竹が実を結ぶのは約60年に1度とも言われ、その後、枯れてしまうそうです。珍しい竹の実が豊かに実る世界で、鳳凰が満ち足りて過ごせますように。

「孔雀の庭」
孔雀は、毒虫や毒蛇などを捕らえて食すことから、益鳥と扱われたり、邪気を払う象徴とされることもあります。その孔雀が支配する庭で、蛇が制圧されている場面です。この絵を見る人においても、そうしたご利益があればと思います。

「宿」
動物や植物たちは、生態系の中で微妙な均衡を保っています。エゾオオカミがいなくなった北海道では鹿が増え、牧草や希少植物への食害も。結局は、私たち人間もその均衡のうちにあるのだと実感します。

「登攀(とうはん)」
この作品の竜には頭も尾もありません。始まりが分からず、終わりも見えない。人は、自らが想像したものであっても、実はその全貌を知らないことが多々あるように思います。狼たちは竜を登り、その正体に近づくことを目指しています。それは、湧き上がった直感や想像の源を探る旅でもあります。

「越冬」
「歳寒松柏」という言葉があります。冬の厳しい寒さの中でも葉を落とさない松や柏のように、苦境にあっても志を貫くことを意味します。この絵に描いているのは、雪降り積もる中、目の前の獲物に目もくれず、何らかの志を持って天を仰ぐ狼の姿です。

「象」
巨大な象の全貌を知ることが難しいように、自然、社会、物事、人といった身の回りの全てを知ることは困難です。部分的、あるいは自分なりの解釈でしか捉えられない知識や経験だとしても、それらを、個人や社会をより良くするために持ち寄ることはできるのではないかと考えています。

「小さき波」
どれほど大きなうねりも、始まりは、一つの小さな行動から生まれます。小さなドミノも、一つが倒れれば一回り大きなドミノを倒すことが出来、それを繰り返すことによって次第に巨大なドミノを倒します。「最初の、たった一つの、小さな行動」が持つ力への信頼を込めて。その一歩が、いつか大きな影響力を持つことが出来るのかも知れません。

「神さまがくれる謎は尽きることなく、私をどこまでも、どこまでも、遠いところに連れていく、そういう愛」
何か一つの課題や疑問を解決しても、その向こうには新たな課題、疑問が現れる。そして、「知らなくてはならないこと」が常に増え続ける。そのようにして導かれるまま歩き続けて、時々、出発点からだいぶ遠いところまで来てしまっていると気がつきます。でも、そこもまた通過点なのだと感じます。

「ありがとう_20241112」
2022年に制作した同名作品(作家所有)の二作目です。この絵では、立ちはだかる大蛇は困難の象徴です。そうした困難はしばしば、成長へのきっかけとなることが多いように感じます。題名の「ありがとう」は「立ちはだかってくれて、ありがとう」の「ありがとう」です。

「愛だけ残る」
この世を去ったあとにも、生きていた間に周りに与えた影響は、少なからず残ってしまうものです。そのとき、何が残っていたらいいだろうか。もし、私が生きていた名残りとして、「愛」だけが残っている世界にできるとしたら。そこにはどんな風景が広がっているだろう。そのために、私は今どのように在ればいいのだろうか。